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国際土壌年2015と農学研究 -社会と命と環境をつなぐ-

国際土壌年2015と農学研究 -社会と命と環境をつなぐ-

                  日本農学会編,養賢堂,2016年4月発行

 本書は2015年10月3日に行われたシンポジウムをとりまとめている。シンポジウムの趣旨は国際土壌年を記念して農学の様々な分野の専門家に土壌について語るということである。土を勉強している学生のみならず,土に興味を持つ人にも是非読んで欲しいほんである。執筆者と主たる専門,話題の概要に加え,感想を以下に紹介する。

第1章 100億人時代における土壌の役割 小﨑隆(土壌学)
 土壌の劣化としてカザフスタンの塩類集積,カザフスタンの夏季裸地休閑+春小麦4年輪作,タイの焼き畑,サヘルの風蝕を紹介している。土壌生成因子としての人為は,気候,地形,生物等へも影響を及ぼしていると認識する必要がある。土壌の劣化は生産性ばかりでなく地球温暖化にも悪影響を及ぼしている。

第2章 地球温暖化に関わる森林の土壌有機物の炭素貯留特性 石塚成宏(森林土壌学)
 枯死木,リター,土壌炭素の各炭素プールを紹介。その中では,土壌有機物の炭素貯留が最大で69.4 t ha-1と推定されている。林野土壌分類には黒色土群という土壌群がある。黒色の原因は,草原植生由来の有機物,特にススキ起源である。

第3章 食生活の変化と土地利用方式の革新 佐藤了(農業経済学)
 日本型食生活が注目された80年代のコメ消費量は70 kg台,2008年以降は50kg台となった。日本の食の外部化(弁当やおにぎり,調理パン,調理食品など)は2014年では30.1%にもなるという。農業や土を考えるとき,研究対象とするとき,消費者がどのような食生活をしているかの重要性に気づかされる。革新的農家の事例として,コメ以外の選択の幅が狭い稲作中核地域とも稲作立地自体が問われやすい限界地帯とも違う地域の農家を紹介している。この農家では,生産過程に加え販売・消費過程を有し,さらに商品評価や情報評価を生産過程にフィードバックしているという。農家の生き残り戦略の苦労も分かるが,消費者が自分の食べている農産物の由来を知るという意識が希薄なのはどうしてだろう。

第4章 畜産と土壌を結ぶ物質循環の重要性 森昭憲(土壌学)
 畜産業に由来する環境負荷(牛糞尿に多く含まれるカリウムは,作物のマグネシウム吸収を拮抗的に抑制すると共に,作物の必要量を超えて吸収される。牛側では筋肉がけいれんするグラステタニー症が誘発される。牛糞堆肥の場合,そのカリウム供給量で堆肥施容量の上限値が決まる場合が多い)。家畜と環境を巡る物質循環(ガス揮散19%,地下浸透10%,表面流去3%であり,環境に漏出した窒素量が畜産物に含まれる窒素量を上回ることが確認された)。畜産と土壌を結ぶ物質循環では,国産飼料から畜産物までの生産工程を適切に分業化することで,国産飼料の生産における家畜排泄物の利用促進,畜産物の生産における国産飼料の利用促進の両立を図り,畜産と土壌を結ぶ物質循環を再構築する耕畜連携の取り組みを発展させ,人々に安全・安心な畜産物を安定供給することが大切であると結んでいる。

第5章 土壌環境が支える草本植物の種多様性 平舘俊太郎(土壌学)
 生態系の保全には外来植物を引き抜いて処理するだけではなく,我々が土壌のpHや肥沃性を変化させた結果として,ある植物が旺盛に繁茂したという事実から,土壌の化学性の変化にも着目しなければならない。セイタカアワダチソウやシロツメクサは,日本の半自然草原に典型的な,土壌pHが低くて貧栄養的な場所には生育していない。山を削り谷を埋めて農地化し,排水性の改良を目指してきた土地改良は,作物以外の生態系にきっと大きな変化を与えてきたに違いないと感じた章である。

第6章 土壌DNA診断を活用した新しい土壌病害管理 對馬誠也(植物病理学)
 様々な微生物相を解析できる手法として,生物に共通のDNAを用いた解析技術が開発され,細菌,糸状菌,センチュウ相を解析できるようになり,土壌病害と土壌微生物相との間に興味深い関係性が見いだされている。このようなDNAを用いた診断技術を用いることで,カレンダー防除からIPM防除への道が開けた。物理性の改良で農地の生産性が安定し,化学性の改良で生産量が飛躍的に向上した。そして次は微生物といわれて久しいが,土壌微生物の研究は最近大きく進展しているようだ。

第7章 水田生態系の中の放射性セシウム 根本圭介(栽培学)
 稲にセシウムが移行するのは,土壌中の交換性カリウム濃度が非常に低い土である。このような土ではカリウムを散布することで,稲へのセシウムの移行を押さえることができた。例外的な大量のセシウム吸収は水田の用水のセシウム濃度が4ベクレル/Lの水田であった。なおかつ,このセシウムは溶存態ではなく,懸濁態であった。伊達市水稲栽培3年間の記録であり,カリウムを施肥する処理区の他に,セシウムの減衰を調査するための対照区を残すことの重要性を指摘している。本来ならば,原発事故以前にこのような基礎的な研究が行われるべきだったのだろう。事故を想定した研究に研究費が出なかったことが問題。

第8章 水環境保全を目指した土壌侵食対策 三原真智人(土壌保全学)
 表題から分かるように,著者は農地の肥沃土の保全ではなく,農業が外部の水環境へ与える影響に焦点を当てている。植生帯は大きな粒子の流出を止めるが,微粒子は流出するため土に吸着した窒素,リン,大腸菌の流出は止めることはできないことを指摘している。この研究は小さなライシメータ試験であるが,実際の農業現場における実例が紹介できるともっと説得力があり,興味を引いただろう。

第9章 里海と土壌 山下洋(海洋生物学)
 よく使われる里山に対して里海という用語に親しみを感じる。我が国の沿岸漁業高は1985年から2013年の間に115万トンと半減した。その原因は,海岸埋め立てが沿岸の循環流を減少させ有機物と酸素の循環に影響を与えること,農地から窒素やリンが海に流出することで,海水の栄養塩のモル濃度比が変化し,鞭毛藻等が大量に発生して赤潮の原因となること,近年の沿岸域における生物生産力の低下は,森林の荒廃によるフルボ酸鉄不足(仮説)などであると指摘している。海水では,窒素,リン酸,ケイ素の比が重要であり,溶存鉄も重要な役割を果たしている。我々になじみの深い農地が必要とする元素やその濃度が異なるという点に気づかされる。森林から耕地を通って沿岸域まで各専門家の交流の大切さを教えてくれる報告である。(H)

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